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名物「黒いさば煮」を育てた作り手の愛情と常連の愛着

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名物「黒いさば煮」を育てた作り手の愛情と常連の愛着

 祭事の儀式の中にはその起源を知りたくなる不思議なものがありますが、9月9日の重陽の節供に上賀茂神社で行われる「烏相撲」もその一つ。子ども達の奉納相撲の前に、白い装束を着けた刀弥が登場し、カーカー、コーコーと烏の声まねをして儀式を行います。神社の御祭神の外祖父が神武天皇東征に際し、八咫烏に化身して先導した故事にちなんだものだとか。

 そんな上賀茂神社のかたわらにある「今井食堂」は、地元の学生さんやご近所の皆さんに愛されてきた“ごはんやさん”。この店の名物、真っ黒な「さば煮」にもまた、誕生の物語がありました。

 カウンター15席だけの小さな店は、11〜14時までの3時間、お客さんたちがぐるぐると何回転もします。皆が一様に頼むのは「さば煮定食」。さば煮3切れに白ご飯と味噌汁、漬物とシンプル極まりない内容。その合間にも、店に入りきれなかった人達が、さば煮3切れ入りの持ち帰りパックを次々に買っていきます。

 「今の形があるのはお客さんのおかげなんですわ」とご主人の今井加代司さんは話します。店の始まりは70年ほど前。戦争で夫を亡くしたお母さんが現在の場所に店を借り、小さな食堂を開きました。学校を出た加代司さんも加わり、うどんや丼物も出す気さくな店は、1965年に京都産業大学ができてからは、近くに下宿する学生さんで賑わったといいます。そんな学生さんの要望で作ったのが鯖の煮付け。「ほっとするような家庭の味を」と、あえて普通の醤油と酒、みりん、砂糖を使って炊いた鯖は評判を得て定番の品に。そんなある日、前日に炊いた鯖に火を入れて翌日出すと、味がしみてまた旨い、となり、最終的には3日間かけて仕上げる現在の形に落ち着きます。持ち帰りを始めたのも常連客から請われたから。「全部お客さんの言わはった通りにしただけなんです」と加代司さんは笑います。

 16個ある大鍋は年中フル稼働で、6時から18時頃まで、奥さんと息子さんも加わって、丸ままの鯖をさばき、40年来のタレを継ぎ足しながら新たな鍋を仕込み、具合を見ながら途中の鍋に火を入れます。

 昔懐かしい銀の皿にのったさば煮は箸で割ると確かに中まで真っ黒で、まるで甘露煮のよう。ところが口に入れるとしょっぱ過ぎず、濃い旨みと鯖の脂が白ご飯を呼んで仕方がありません。しかも、太い中骨までがほろほろで身と一緒に食べられるのに、皮はちゃんと残って切り身の姿を保っている不思議。懐かしい気がするのに、どこにもない味。唯一無二の存在感と、関わる人の真心と愛情。そこに時が加わって“名物”というものはできていくのかもしれません。社の歴史と一緒にいつまでも続いていって

3日間も火を入れながらも、煮崩れてしまわないように仕上げるコツは「鯖の下ごしらえと、炊き出してからはトロ火にして鯖を動かさないことかな」。店が休みの日も「鍋に火を入れることだけは欠かせません」。

3日間も火を入れながらも、煮崩れてしまわないように仕上げるコツは「鯖の下ごしらえと、炊き出してからはトロ火にして鯖を動かさないことかな」。店が休みの日も「鍋に火を入れることだけは欠かせません」。

最後の一切れは確実に、ご飯の上にのせは思えない庶民価格も特筆もの。

最後の一切れは確実に、ご飯の上にのせてタレを全部かけたくなります。観光地とは思えない庶民価格も特筆もの。

店は4年前に改装しましたが、壁に向いて座るスタイルは変わらず、壁に貼られた新聞の切り抜きや年季の入った楊枝入れなどに、気取らない昭和の風情が。

店は4年前に改装しましたが、壁に向いて座るスタイルは変わらず、壁に貼られた新聞の切り抜きや年季の入った楊枝入れなどに、気取らない昭和の風情が。

Information
今井食堂
北区上賀茂御薗口町2 上賀茂神社横
TEL 075(791)6780
 

今井食堂 店主 今井 加代司さん

今井食堂 店主 今井 加代司さん

「テレビや雑誌に出してもろたおかげで、外国の方もたくさんみえますが、一番嬉しいのは昔の常連さんが顔を見せてくれる時ですね。京産大出身の野球選手も多くて、お馴染みさんが活躍してるのを見たら、ついつい新聞を切り抜いて貼ってしまいます」。



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