5月5日といえば「こどもの日」ですが、「薬の日」とも呼ばれています。王朝の昔、貴族たちはこの日に野原に行き、角が妙薬になる鹿を狩ったり、薬草を摘んだのだそうです。
茜さす紫野行き標野(しめの)行き
野守は見ずや君が袖振る
万葉集の額田王(ぬかたのおおきみ)の和歌も、この薬狩りの時に詠まれたものです。
京都で薬と言えば、♪一条戻り橋、二条きぐすり屋、三条みすや針、四条芝居と続く「通り数え歌」があって、今でも何軒かの生薬屋さんが残っています。訪ねたのは「萬黒焼元祖(よろずくろやきがんそ)」の常榮堂薬房。ひょっとしたら、あの名高い恋の妙薬“ホレ薬”があるかも!
畳敷きのお店に座っている店主、平井正一郎さんを取り巻くのは、何に効くのかさっぱりわからない薬、薬、薬。もちろん、サ◯ンパスとかバ◯ァリンといった類ではなくて、ビワの葉、ズイキ、ユキノシタ…植物園さながら、さまざまな植物の名前を書かれた袋が吊るされています。
そして、お店の片隅を見てびっくり! 狸、狐、熊、猿…古い箱に書き込まれているのは、まるで動物園のような野獣の名前。なかには猿の頭とか、いや、もっと珍しいのは狼(おおかみ)の頭も。これはもしや、百年前に絶滅したというニホンオオカミでは!
「江戸時代半ばの元禄15年創業ですから、本当にニホンオオカミであっても不思議ではないんですよ。動物を黒焼きにすると、薬効効果のあるエキスを凝縮できるだけでなく、何十年もの長い期間保存ができるんです」。
ただ、現代では最先端の医薬品がもてはやされる一方で、近隣に迷惑をかけずに黒焼きを作れる場所もなくなり、専門の職人さんたちもぐんと数が減ってきているそうです。
ところで、気になる薬効は?
「カタツムリの黒焼きは腎臓病に、ナスのヘタは歯槽膿漏に、猿の頭は鬱病に効くと聞いています」。医療や化学が十分に進化していなかった時代、身近な動植物が貴重な薬になっていたんですね。さっきの狼については、さすがに平井さんも「それが、わからないんです…」との答え。いったい、いつの時代のものか、ミステリアスな雰囲気が生薬屋さんには満ちています。
さて、探し求めて来た幻の妙薬は?
「ホレ薬、あぁ、イモリの黒焼きですね。今ちょうど品切れです」。
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最近、平井さんが趣味にしているのがカメラだそうです。写真は“今”を永遠に記憶できる芸術。そして生薬のお店には、何百年という長さで、健康と向きあってきた代々の記憶が保たれています。 |