早春の梅、弥生の桃、菜の花、四月はらんまんの桜、京都の春は花・花・花の競演です。そのクライマックスを堂々と飾るのが、気品に満ちた紫のかきつばた。そろそろ水が恋しくなる五月、大田神社の池に美しく咲き揃います。
大田神社があるのは、上賀茂神社(賀茂別雷神社)から東へ歩いて七、八分。古代には賀茂一族が栄え、そののちは、神職の人々が暮らすことから「社家町」と呼ばれてきた界隈を歩いていると、明神川の澄んだせせらぎの音が聞こえてきます。社家町の家並み、清らかな川の流れにつづいて目に入ってくるのが、紫に染まった、かきつばたの池。
神山や大田ノ沢のかきつばた
ふかきたのみは いろにみゆらむ
歌人・藤原俊成卿が詠ったように、この池のかきつばたはなぜか紫一色。俊成卿は花の色に託し、一途な恋を詠い上げました。
春が来るたびに咲きつづけてきた大田神社のかきつばたは、はるか古代、京都がまだ湖の中にあった時代の姿を偲ばせてくれる、貴重な生き証人。昭和十四年に国の天然記念物に指定されています。
「昔から、この池に手を入れると手が腐ると言って、人々はかきつばたを摘むことをはばかり、花を大切に守ってきたんですよ」と教えてくださったのは賀茂別雷神社の神職・藤木保誠さん。大田神社は賀茂別雷神社の境外摂社です。藤木さんはもう一つ興味深いことを…。
「大田神社には、古くから伝わる『チャンポン神楽』という巫女神楽があるんです。銅拍子がチャン、鼓がポンと打ちならされる中で、年老いた巫が舞う素朴な芸能です。かきつばたばかりでなく、毎月十日の夜の神楽もぜひ見ていただきたいです」。神に舞いを捧げる女性は無垢でなければならず、乙女でなければ老女を…というのは、神代ならではのおおらかな発想。春の一夜、花と舞の幻想的な風景が、大田神社に広がります。 |
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「大田神社のかきつばたが美しいのは、早朝と夕暮れです。でも、夕暮れにはしぼんでしまう花もあるので、一番美しい時刻といえば、朝露でいっそう艶やかな姿を見せてくれる早朝です」。閉ざされていないので、どなたでも早朝の景観が楽しめます。 |