年末年始のにぎわいの季節が去ると、心まで風邪をひいてしまいそうな木枯らしの季節。ふと人恋しくなったとき、大正・昭和の懐かしい匂いが微かに漂う寺町通りを歩いてみませんか。小さな画廊、古い喫茶店、そして街角には京都で一番歴史あるバー「サンボア」の燈が点っています。
 年季の入ったガラス扉を開けると、1918年創業のお店にはさまざまな洋酒が並び、三代目のマスター・中川宏さんが笑顔で迎えてくれます。この店にメニューはありません。初めての人は好みのカクテルをオーダーでき、常連さんは黙って座るだけで”いつもの一杯“が出てきます。
 「この店にはBGMもありません。自分の好みを押し付けず、お客様がゆっくりと寛いでいただければいいんです。昔のお客様は一杯のカクテルを5分もしないうちに召し上がってましたが、最近は20分から30分位かけてじっくり飲まれる方が多くなりました。お酒の飲み方がわかってこられたんです。よくオーダーされるのがハイボール。意外と若いお客様がオーダーされて、年輩のお客様が『よぉ知ってるなぁ!』って驚かれたりします(笑)。マスターも三代目ですが、常連のお客様の方も三代目だったりして、いい関係が長年続いているんです」。
 いい関係の証しは、壁にずらりと並んだ珍しい栓抜きの数々。お客さんたちがマスターのために旅先で買って来た世界各国の”おみやげ“です。何個位あるのか伺うと、「そろそろ1000個を超えるでしょうか。これがホントの千抜き(栓抜き)です」と軽いジョークが返ってきました。
 ふと見るとH.Yamaguchiと手書きサインの入った絵が何気なく置かれています。「作家の山口瞳さんに戴きました。他にも池波正太郎さん、開高健さん…文豪や俳優さんがちょくちょくみえます。でも、特別なことは何もしません、ふつうのお客様と同じです。そして亡くなったお客様の思い出は話しても、生きてる方のことは決して口にしない。それはウチだけじゃなくて、京都の一流料亭や老舗旅館の”常識“なんです」。
 誰もがホッと一息つける大人の”隠れ家“。京の街が創り上げてきたもてなしの心が、サンボアのグラスの底には息づいています。
 
 「仕事が終わるのが午前0時。それからチョッと飲みに行くのが楽しみですね。ウチと同じようにカウンター形式のお店がいい」。お酒と語らいは切り離せません。


 

京都サンボア
京都市中京区寺町通三条下ル桜之町406
TEL 075(221)2811