東山三十六峰の一つ音羽山。京都のショッピング街として賑わう四条河原町からその山頂まで、歩いても約三十分ばかりの距離ですが、それでも春の訪れは平地よりやや遅いようです。
 気品の漂う地主桜が満開を迎えるのは四月下旬。毎年、四月の第三日曜日の朝(午前十時)、花盛りの地主神社の境内で行なわれるのが「えんむすび祈願さくら祭」です。
 このお社の創建は神代の昔とされ、本殿の前にある「恋占いの石」は縄文時代の遺物であることが実証された程です。遥か昔から現代に至るまで、変わることなく人々の心を感動させてきたのが桜の美しさ。そして老若男女の心を沸せてきたのが”恋“。えんむすび祈願さくら祭は、まさに京都に爛漫の春を告げる神事です。
 「日本の神道は、宇宙にある森羅万象に神々が宿るという教えです。もちろん桜にも神様が宿られ、その花が咲くのは、神様のご利益の現われと考えられてきました。私は、桜の花の周りに人々が集い楽しむ姿こそ、縄文時代以来の信仰の姿だと思います」と語られる宮司の中川平さん。その言葉を伺っていると、一本の樹に一重と八重の花を咲かせる地主桜に神秘的な美しさが感じられ、また、桜の美しさを愛でるために三度も牛車を戻らせたという嵯峨天皇。この桜に因んで謡曲『熊野』や『田村』を創作した世阿弥。「京中へ 地主の桜や 飛胡蝶」の俳句を遺した芭蕉の師・北村季吟など、往古の人々が身近な存在に思えてきます。
 縁結びのお社として日本中の若者に人気の高い地主神社。その境内に咲く地主桜は、恋しい人との良縁ばかりでなく、森羅万象に宿ると考えられてきた日本の神々、そして京都の歴史に生きた人々と、現代の私たちの心を”結ぶ“雅びな花です。
 

哲学・思想・歴史・古文書などさまざまなことに造詣が深く、また和琴や龍笛など雅楽の名手でもある中川さん。伝統芸能の維持・継承に努められ、観光事業功労者として表彰されたほど。そのお話は時に幾千年の時を越えて、まさに森羅万象へと広がっていきます。



地主神社
京都市東山区清水1
TEL 075(541)2097