ひたすら北へ、京都市内から車で走ること約二時間。美山・芦生の里は、杉木立と残雪の中でまだ静かな微睡みを続けています。
この里が目覚めるのは四月十日の「わさび祭り」。その名を一見すると、地元の産物を宣伝するためのイベントと勘違いされるかも知れませんが、実は、民俗学者・柳田国男の著書にも登場する由緒正しいお祭りです。お神楽もなく、お祭りの装束もなく、村中の人々が熊野権現の小さなお社に集まって、神様に捧げたワサビを食べる素朴な神事です。
「この雪深い里で最初に芽吹くのはワサビです。でも、わさび祭りの日まで山菜は一切採りません。その代わりに熊の猟をさせてくださいと神様に約束します。冬ごもりで顔を合わせなかった里人が全員集まり、初めてワサビを食べるのがわさび祭です。これで里も目覚め山菜採りや山仕事も始まるんです」。と教えてくれたのは今井崇さん。この里の全戸の人々で運営されている「芦生なめこ生産組合」の代表です。
今から数十年前の昭和三十年代、燃料が木炭からプロパンへと移り変わったころには経済の基盤を失い、芦生の人々は途方に暮れるばかりでした。そこで考え出されたのが、なめこを缶詰めにして売り出すことでした。いや、そればかりでなく、毎年必ず佃煮の新製品を作り出し、また木工のおもちゃや椅子を自分たちのデザインで作り出し、ふるさとに活気を取り戻しました。山里でありながら地元の若い人たちの姿をよく見かけるのも芦生の特長。そして今では他県出身の青年たちまで。約束を守り続けた里人へ、山の神様からの贈り物ですね。そんな人々の知恵と自然の恵みによって育まれる芦生の山菜は、ワサビ、山椒、たらの芽、ふきのとう、なめこなど、とても豊富。しかも、そのどれもがとびっきり美味しいんです!
自然豊かな芦生はハイキングにもぴったり。トロッコ道は今井さんのおススメ!でも、若いカップルは御用心。醜女の山の神様はと〜ってもヤキモチ焼きなのです |
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春・夏・秋は自然の幸に恵まれた芦生。でも、冬は山の幸を肴にお酒!忙しく立ち働く今井さんも「一升は呑める」という酒豪です。

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