豆腐、湯葉とならび京料理に欠かせない〈生麩〉。豆腐ほど柔らかすぎず餅ほど粘りのない、微妙な食感はその昔、魚肉を食べられなかった僧が精進料理に、似たような食感を求めたのが始まりと言われます。生麩が庶民の食卓に広まった江戸時代以降、多くの麩を扱うお店が軒を連ねた場所が、麩屋町通。しかし時代の移り変わりで現在、麩屋町通にある麩屋さんは創業天保年間の『麩房老舗』だけです。
 「生麩の原料は昔から、グルテン(小麦粉のでんぷん質)と餅粉と水だけ。作り方も創業以来変わってません」。百七十年以上愛され続ける味を守るのは、七代目店主の大江健司さん。生麩の作り方とは三種類の原料を混ぜ合わせ、種類によって「蒸す」「炊く」「煮る」を使い分けるだけ。美味しさを左右するのは「粉と水の配合加減がすべて」と言い切る大江さん。「グルテンは生き物。天気や時間によって固さが違う。それによって原料の配合加減が微妙に変わってきます。その判断は経験による“勘”が頼り。だから職人には毎日触れ、そして食べろというてます」。
 もうひとつのこだわり“水”は、市場の地下から湧くミネラル豊富な井戸水を使っているのだそうです。今もお客さんの大半は、先代の頃からの常連さん。伝統の味を守りつつも「生麩をもっとメジャーにしたい」という想いから、様々な具材を包み込んだ“創作生麩”にも力を入れています。食卓での色映えを考えて「作る前に粘土であらゆる色の組み合わせを試した」という、彩り豊かな自信作ばかり。
 日曜日も店に立つことが多い大江さんの趣味は、食べ歩き。「うちの生麩がどう料理されているのか、自分の舌で確かめたくて(笑)」。生麩に惚れ込んだ職人自慢の美味しさは、京の台所 錦市場で出会えます。




京料理によく使われる花麩のひとつ「紅葉麩」の製造風景。赤と黄に色づけた麩を何層にも重ね、見事な手つきで棒状に延ばしていきます。


麩房老舗当主 大江 健司さん  

麩房老舗
京都市中京区錦小路通麩屋町東入ル
TEL 075(221)0197